屋根裏(隔離生活)通信

ロックダウンの解除間もない、寝ぼけまなこのフランス・パリから。

4月6日はカルボナーラ記念日。「これはひどいね」ときみが言ったから(前編)

 YOUTUBEの広告動画で面白いものに出くわした。乾燥パスタで有名なイタリアの食品会社が作った、かなり手の込んだショートフィルムだ。舞台は第二次世界大戦末期の荒廃したローマで、主人公は進駐米軍の一兵士。軍の士気向上のために美味しい食事を用意するというミッションを受けた彼が、頑固な地元料理人と出会い、限られた時間と食材のなかで全く新しいパスタ「カルボナーラ」を生み出すまでが描かれている。
動画の解説欄によれば、4月6日の国際カルボナーラ・デイを記念して、レシピの誕生秘話として語り継がれる伝説をベースに制作されたものだという。


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 ふだんパスタの代表格のような顔をしているカルボナーラが、実は100歳にも満たない若い料理だと知ってぼくは驚いた。そんな若造が国際的な記念日まで与えられているなんて、一体どうしてなのだろう。調べてみると、カルボナーラ・デイが制定されたのは2017年とごく最近で、その発起人は『国際パスタ機構(IPO)』および『イタリア菓子パスタ製造業協会(QIDEPI)』という耳慣れない組織なのだという。4月6日という日付にも特別な理由は見当たらないし、言ってしまえばパスタ業界のマーケティングの一環なのだろう。調べたかぎりアラビアータ・デイとかペペロンチーノ・デイとかは特に存在しないらしい。要するにカルボナーラはパスタ業界の期待を一身に負って、世界のグルメの大舞台に立っているのだ。まだ若いのに見上げたものだ。

 そういえば、このカルボナーラをめぐって、ぼくの住むフランスと隣国イタリアとのあいだで大きな軋轢が生じたことがあった。事の発端は2016年3月21日、フランスの大手ネットメディアDémotivateur社が発信したわずか36秒の動画だった。

「お鍋ひとつで簡単カルボナーラ」と題されたこのビデオは、一見すると巷にあふれるレシピ動画のひとつに過ぎない。しかしその内容たるや、イタリア半島をブーツのつま先まで震撼させるに十分な、世にもおぞましい料理行程が紹介されていたのだ。

ここに動画のリンクを貼るが、いつ削除されるとも知れない代物なので、念のため以下にその全容を書き起こしておきたい。

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『お鍋ひとつで簡単カルボナーラ

①軽快なウクレレと口笛のメロディを背景に、テーブルのうえに並ぶ食材――玉ねぎ、ベーコン、蝶ネクタイ型をしたパスタ(ファルファッレ)など。

②薄くスライスされてゆく玉ねぎ。画面に大写しになった手鍋に放り込まれたかと思えば、ベーコン、パスタもそれに続いて投入される。手鍋はまだ火にかかっていない。

③寝耳に水といわんばかりに、②の真上から注ぎ込まれる冷や水。「15分間 弱火にかける」という白抜きのテロップが浮かび上がり、ここで初めて加熱が始まる。

④画面外で湯を捨てられたのち、カメラの前に戻ってくる手鍋。クタクタに茹で上がった玉ねぎ、ベーコン、パスタが鍋底に力なく張り付いている。

⑤その上にべちゃりと落とされる大匙いっぱいのクリームチーズと、これでもかという量の粉チーズ。粗挽き胡椒の追い打ちのあと、鍋の中身はぐちゃぐちゃと混ぜ合わされる。

⑥皿に盛られたそれの真ん中に、生の卵黄が投下される。その周囲に悪ふざけのようなパセリの飾り付けが施され、フォークの先が卵黄を突き崩したところで、「召し上がれ!」というテロップとともにビデオは終わる。

 …あまりパスタを作らない人には、この衝撃は伝わりにくいかもしれない。そんな人は以下のようなシチュエーションを想像してみてほしい。パリで「日本料理」の看板を掲げるレストランに入ったら、寿司と焼き鳥が同じプレートに盛られて出てきておまけに醤油が甘かった。これは実際よくあることだが、このとき日本人が受ける衝撃を3倍くらい強くしたものが「お鍋ひとつで簡単カルボナーラ」の持つ破壊力だといえる。あえて日本食で例えるなら、生米と鶏肉を手鍋のなかで一緒に茹で上げ、湯を切ってから魚肉を上に乗せ、甘い醤油を上に振りかけて「お鍋ひとつで簡単スシヤキトリプレート」と銘打っているようなものだ。徹頭徹尾おかしいのである。

美食大国フランスで生まれたこのデタラメなレシピ動画は、ほどなくして、パスタの王国イタリアの人々の逆鱗に触れることになる。

(つづく)

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正しい世界線におけるカルボナーラの姿。焼き鳥の鶏肉を米と一緒に茹でてはいけないのと同様に、ベーコンもパスタと一緒に茹でられてはならない。


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